When I Get My Name in Lights 俺の名前にライトを

2月27日。末澤さんが坂本くん主演のミュージカル「THE BOY FROM OZ」への出演が決まった日から4ヶ月。

それまでにそわそわの当落や鬼の繁忙期を乗り越え初遠征。

末澤さんがかねてから出演したいと言い続けていたブロードウェイミュージカル。

 

末澤さんはグループ結成前から毎年屋良くんや文一くんの出演する舞台に出演していて。

本当はその頃から生で見たかったんだけど、365日年中無休で部活して、バイトもできずの高校生には1人で劇場に行くお金を払うのも、

そもそも行くのもなんか敷居が高くて。

その度にうけた取材や、舞台のレポが載ってる雑誌を買い漁って「すっご…」って感激して。

だから、やっとの、私にとっても念願の末澤さんの生芝居。

まぁ。キオスクは行ったのですけど、あれはあれでリーディングだったので…

動作も加わると思うと、ね。やっぱり違うから。

 

仕事を終えて、新幹線乗って初めての1人東京。ソワソワしながら渋谷に向かって。

現場に向かう時のあのソワソワ感、一生忘れたくないなぁ。

 

発券してグッズ買って、席ついて。落ち着いてさっき買ったステッカー開いて。

パタンって閉じてる蓋を上に開いたら。

この約6年間でたくさん見た字で「いつもありがとう。」って文字と、何度も見てきたサインがあって。

ポロポロ溢れてきそうな涙必死で堪えて。

いつもありがとうなんてそんな、こちらこそっていうか。

きっと末澤さんのこと好きじゃなかったら知らない世界たくさんあった。

1人でいろんな現場行くことも、ミュージカル見ることも。

きっと食べないであろう、甘いものにチャレンジすることも。

元々ブログで「グッズはアイデアもテーマも案出させてもらいました!」って言ってたから、余計に沁みちゃって。

いつもいつもファンのこと考えてくれて、ちゃんと言葉にしてくれるところ、ほんとにアイドルだよなぁってしみじみしちゃって。

 

ちなみにまだ、この時点で舞台の幕開いてませんから。チューニングしてるアンサンブルの音聞きながらしみじみしてました。

 

舞台開いて、末澤さんが出ない一幕の間、とにかく坂本くん演じるピーターに目を奪われてて。

一幕の最初、リトルピーターが歌う「When I Get My Name In Lights(和訳:俺の名前にライトを)」が末澤さんを思い出して仕方なくて。

「俺の写真が街中に貼られるために、俺の名前にライトを当てろよ」(ごりっごりの意訳。っていうか内容しか覚えられなかった。歌詞丸暗記したかった。)って。

数年前の末澤さん見てた私が思っていたことまんまで。こんなにすごい人がいるのに、どこいても見ちゃうのに、なんであんなところにいるのって。

なんでこのカメラは抜かないの!って。

ステージに出るかどうかもわからなくて、自分が行ける行けない関わらず、ポスターが出るたびに確認して、初日に名前があるかどうかを確認して。

いたら飛んで喜んで、いなければ学校でも泣いて。

だから、逆にそう思ってた数年前から今現在。

彼らの地元の大阪ではランドマークと言われるショッピングモールのバーゲンの広告をやって、梅田中に写真が貼られて。

その数年前にはステージの端っこで歌っていた、ライトも当たらない場所で踊っていた彼に、今年は彼のためだけのスポットライトが降り注いで。

そんな、きっと今舞台裏で、自分が出るその瞬間を待ってるんだろう末澤さんに少し思いを馳せてしまって。

 

2部に出てきた末澤さんの第一声がもう地声想像できないくらい低くて。

もういろんなとこ努力したんだろうなぁってのが伝わってきて。

5秒後には、好みすぎる動作するグレッグの虜でしたけれども。

やっぱり好きなお芝居だなぁって。

その人そのものとして舞台上で生きる姿も。

目で語る説得力も。

いずれ自分が近い将来死んじゃうことを告げるとこと、死んじゃった後と。

同じ人なんだけど、死んだことで別人になったような、ほんとの素の状態を見れたような。

末澤さんの演技で、歌声で啜り泣く声が聞こえてきて。

 

あんなおっきな舞台で。末澤さんの歌声だけが、一瞬アカペラになる瞬間があって。

その声だけが響いてて。

なんか、嘘みたいで。

グレッグが死んじゃったことが嘘みたいなのか、グレッグを生きてる末澤さんが1つの夢を叶えてる瞬間に立ちあってるのが嘘みたいなのか。

もっと大きなステージで歌って踊ってほしいって思ってた末澤さんがその通り、その持って有り余る華と、地道に積み上げてきたたくさんの

武器でいろんな人を虜にしてる瞬間を、1階席の一番後ろで見れて。

そして何より、ショー感満載の楽しすぎるミュージカルが見られて。

 

最後の「I Go to Rio」でマラカス両手に踊る姿はたくさん見てきた、大好きな踊る末澤さんの姿で。

幕が降りる前、遠慮がちに、小さめに胸の前で両手を振る姿がいじらしくて。

あんなに態度が大きくて生意気で頑固で、可愛らしいグレッグが、楽しそうにピーターの横で満足気に踊ってる後、ちょっと控えめに手振ってる

末澤さんがいて。

 

幕が降りてから、めちゃめちゃ満足感が凄くて。

あんな凄い舞台に末澤さんが出てたこと。

かつて、映像見てても見切れでしか写ってなくて、もうどうにもならないのにもうちょっとカメラ振ってよってスマホ懸命に動かして。

舞台の上を縦横無尽に動き回って、その役を生きてるところを生で見れるのが幸せで。

やっぱりステージの上で生き続ける人なんだろうなぁって思って。

ジャニーズを辞めたらもう芸能の仕事はしないって言い切ったのを知ってしまっているから。

きっと中途半端に辞めたりなんてしない人なのは分かった上で、それでももしあの時、なんて少し想像してしまって。

ほんの少し、何かが違えば、あの時いなくなってたかもしれない人は、あんなにもステージの上で輝いてて。

空白の2年を直で知ってるくらい、古参でもないけど。

それでも、「非公式」と言う名で括られていた居場所がじわじわと消えていくのを見て。

今、自分のグループという居場所を帰る場所にして、新しい挑戦とか個人の夢を叶えていく姿を1ファンとして見れるのが幸せで。

私の思うアイドルとしての最適解も、最高も、パフォーマンスも、全部全部してくれるから。

「いつもありがとう。」なんて、「こちらこそ」

これからも、あなたの名前がもっとたくさんのライトで照らされますように。

3本のロウソクを吹き消して

2月18日。

3度目のお誕生日。

 

この1年は、特に個人を売ることと、グループの底力を上げることの両方が何だか一気に進んで、これまでの2年よりあっという間に過ぎた気がします。

 

2周年を迎えて3年目に入った辺りから、1人や2人での外番組への出演機会が増えて、毎日毎日「あ!来週はあれがある!予約忘れそう…」が口癖みたいになった1年前。(申し訳ないことに、こちらも人間なので忘れることも割とあった、ほんとごめん。)

 

そんな折、5月。Aぇ! group念願の松竹座座長公演が知らされました。

本来の初座長からおよそ1年。

未曾有のウイルスのせいで全て立ち消えて、無観客配信という形で落ち着いたあの日から1年。

ほんとはちょっと怖かった。落ち着き始めてた時期とはいえ、もしまた無くなったら?

それでも、ようやくAぇ! groupに会える、1年間直に見ないうちにグングン成長したAぇ! groupに会えると思ったら嬉しさが勝って。

(当たる前提の脳内が怖いですけど)

 

ポスターが解禁されたとき、正直ちょっとショックでした。

彼らが先頭に立つまでは、嫌という程不平等を押し込んだようなポスターだったのが、グッズだったのが。

彼らが先頭に立った途端、まるで無かったかのように全員ほぼ同じ大きさで載ったことが、出演者全員載ったことが、性格悪いと分かりながら、ちょっとショックでした。

いや、ほんと性格悪いと思う。ごめん。

そして、彼らがしきりに「関西ジャニーズJrの公演」と言うあたり、あまり彼ら自身にスポットを当てないんだろうなと思いました。

7月1日。初日まで残り1ヶ月。突然ISLAND TVに上がった動画。

福本大晴、末澤誠也「【#関ジュの夏休み】~サマスペまで残り29日~」 | ISLAND TV

 

自己プロデュースが得意な、私たちを喜ばせてワクワクさせるのが得意な彼ららしい企画です。

毎日毎日夜中3時まで話し合いをしたコンサートだと聞いて、ワクワクしながら向かいました。

そこには、きっと「今まで1番前に立つことが無かった人達」だからこその「全員が主役」の姿があって。

終わってから発売された雑誌を買い漁り、たくさん読みました。

 

今回はみんなが今までとは違う担当をして成長を図ったこと。

セトリから、歌割り、衣装、コント、照明音響の演出、振り付けまで自分たちで考えたこと。

後輩の指導もちゃんとしたこと。

誰がどの曲に出るか、後輩がどんなことが得意なのかも把握して割り振ったこと。

 

これ全部読んでから入りたかったなぁとも思いました。

「魅せたい」と「見られてる」を両方理解してるAぇ! group。

 

結成当初から、「自分たちでできるように」と言われてきた彼ら。

遂に、年末のオリックス単独公演では「もう自分たちでできるから言うことない」と言われたこと。

彼らの「魅せたい、見られてる」の自覚がちゃんと認められた一言だと思います。

年明けの大阪城ホールと名古屋ガイシホールでの関ジュ集合あけおめコンサートのセトリ決めや演出も任されましたね。

きっと全部が全部ではないと思います。

ユニットごとの曲数も全部が全部決めたわけでもないと思うし、事務所の意向も入ってるはずだし。

 

任されることが増えたこと、間近でデビュー見届けたことで生まれた覚悟や意識もあると思う。

実際それをビシビシ感じた3年目でした。

 

「Aぇ! group6人でデビュー」

 

今まで全く聞かなかったのが嘘のように、この1年でたくさん言ってくれました。

言葉にするのが全てだとは思わない。

それでも、結成時は口にできなかった夢を

口にできるようになったこと。

それ自体が自信が付いた証拠で。

 

6人バラバラなところから集まって、1から関係性を作り上げてきた3年間。

1人で戦うために磨き上げた武器を、どれも捨てずに全部武器にすることに決めた貴方たち。

ちょっと体力的に厳しいことだって、「魅せたい最高値」を優先する。

いつだって「今が最高」に隠される影の努力。

 

一貫して「裏で支えたい」と嫌われ役も買って出る最年長

 

圧倒的な実力で、グループの全ての力を底上げして一瞬で目を奪わせるエンターテイナー

 

「全てはAぇのため」とグループの顔になるエース

 

誰よりも熱くて、誰よりも頭の切れるリーダー

 

不器用な賢い全力飛び道具アイドル

 

誰よりもメンバーが大好きで、マルチになんでもできる最年少

 

これから先、きっと何度も来る誕生日を何度も祝えますように。

 

Aぇ! group、結成3周年おめでとう。